松尾様

(まつおさま)京都の西、松尾山をご神体とする松尾大社の神様を尊敬の意味を込めて酒造関係者はこのようにお呼びする。全国の蔵人達が尊崇する日本酒の神様であり、毎年お札を請けに訪れ、蔵内に安置して毎朝参拝する蔵も多い。松尾様がお酒の神様として崇められた歴史は古い。6〜7世紀頃大和朝廷の招きで帰化した、酒造技術をもつ職能集団秦氏がこの地に移り住んだ時、元々の住民が崇敬していた松尾山の大山昨神(おおやまくいのかみ)をそのまま氏神として崇めたことに由来する。秦氏は、この近辺で酒造を行って経済力を付け、平安京誘致の立役者として活躍した。また、境内には亀の井の霊泉があり、この水を仕込み水に混ぜることで酒の腐造がない、と言われている。

いそのさわでは、松尾様をはじめ、蔵内には久留米の水神様をお祭り申し上げており、蔵内での安全と酒質の向上を祈願している。日本酒造りは元々自然を頼りにする部分が多い(米、水、発酵)。近年の科学技術の発達により、かなり酒造りの解明、コントロールが出来てきたとはいえ、いまだに勘や自然任せの部分も多くそれだけ未知の大きな存在に対して自然と謙虚になれるのである。

マリアージュ

(まりあーじゅ)本来はフランス語で結婚という意味だが、ワイン関係では慣用的にお酒と料理の相性のことをいう。ワインの場合は、マリアージュが随分研究されている感があり、大抵の料理にはこのワイン、という具合に教科書的な組み合わせが決まっています。私は、ワインも好きです。初めてマリーアジュに感動した経験は子供の頃盗んで飲んだ赤玉ハニーワイン(当時は赤玉ポートワイン)と冷蔵庫にあったQBBプロセスチーズで、チーズが全く別の物に変化し、こんな美味しい組み合わせがあるとは!、と思ったものです。

日本酒の場合の感動の組み合わせは何をさておいても海産物であると思う。特に、魚卵や貝やワタや青身魚の場合、美味しい日本酒であれば、組み合わせてまず間違いがない。私事で恐縮だが、昨晩はたまたま鮭のメフンを肴に一杯やったのだが、改めて日本酒との相性に至福の時間を過ごさせていただきました。私は、醸造酒の中で、最も魚に合うのは日本酒だと思っている。ワインの場合は、結構生臭さを増強することが多く(特に魚卵系)、悪い相性が目立ちます。また、ビールでも生臭い組み合わせ(干物系、青身魚の刺身)が時々あります。これらは生臭さを感じる一歩手前でも、いやな苦味を感じることも多い。

ところで、最近良く思うのだが、日本酒で盛んにマリアージュのことをこと細かに気にしながら、薀蓄を垂れながら酒を飲む人に遭遇する。結構本も出ている。しかし、日本酒って、そんなに料理との相性をいちいち気にする程懐の狭いものなのだろうか。私はマリアージュの問題は、日本酒とワインを同列に語ってはいけないと思う。まず酒の味わいそのもののダイナミックレンジについては、ワインの多様さを肉料理全般の多様さに喩えれば、日本酒の味わいの幅は僅か白身魚の刺身の味わいの幅程しかないと思っている。これは、どちらが優っているとかではなく、ワインはとにかく幅が広く、日本酒はとにかく玄妙で繊細で緻密なのである。したがって、どの銘柄の日本酒がどの料理に合うというよりも、およそ日本酒に合いそうな料理であれば、酒がまずくない限り(これ重要!)どの銘柄だってOKのはずである。さらに、日本酒の場合、大抵の組み合わせでは料理の邪魔をすることなく(ただし酒も料理も両方うまいことが前提)、常に名脇役として働いていることが多いので、結局単独で飲んで美味しい酒であれば大抵どの料理とあわせても美味しいのである。

日本酒の場合のマリアージュは、よっぽど美味しくなって別物に感じられる組み合わせ(英語ではhappy marriageという)か、まずくて食べたくない組み合わせか、のどちらかだけを気にすればよい。変な拘りを持つのは偏狭であり、傍から見て滑稽に思えます。極端な話、甘い羊羹に合うお酒とか無理矢理ひねり出すよりも素直にお茶の方が美味しいと100人中99人が思うはず。(実は羊羹に牛乳も合う)

ある有名な日本人のソムリエがサンテミリオンの特Aワインであるオーゾンヌをどっかの神社の祭りの出店に持ち込み、ヤツメウナギの串焼きを食べながらこの偉大なワインをプラスティックコップで飲んでいる番組を見たことがあります。オーゾンヌにはちょっとどころか、造り手が聞いたら卒倒しそうなほど失礼な飲み方ではありましたが、でも敢えてやっちゃいけないと言われている飲み方、組み合わせを堂々と人前で披露するこの人にはある意味で共感を覚えました。ワインの世界も教科書的な縛りが多くて、オタク繁殖の温床になっていたりするので、どんどん打破して欲しいと思います。私は冬は落ち着いたブルゴーニュとおでんとの組み合わせなんて最高だと思います。ただし、烏賊天や練り物は生臭いこともあるので要注意。


見掛け精米歩合

(みかけせいまいぶあい)通常最も単純に精米歩合を算出するには、精米前の玄米の重量と精米後の白米の重量比を計算すれば良いのは誰でも思いつく。一般に清酒のラベルに表示されている精米歩合もこの計算方法で良いことになっている。だが、少しだけ突っ込んで考えてみると、精米途中に米が割れて糠になってしまったり、元の大きさが不ぞろいで精米が均一に出来ていなかったりすると、それらの影響で真に米が削られた割合と上で計算した精米歩合に差が出てくるであろうことは容易に想像が出来る。この精米歩合計算方法が真の精米歩合とは異なっている場合もあることから見掛け精米歩合と呼ばれる。これに対して、最も現実に近い精米歩合(真精米歩合)を計算する方法がある。

ところで、原料米に等級というものがあるのをご存知だろうか。特上、特等、1等、2等、3等、等外である。特定名称酒に使用できるのは3等以上である。この米の等級を決定する項目の中には、割れや死粒の割合を規定する基準があり、等級が高いほどこれらの不良粒率が低くなるのである。つまり、特上米での見掛け精米歩合と3等米での見掛け精米歩合とでは全く意味が違っている。造りの技術的な差、米の銘柄の差は目をつぶったとして、例えば3等米を使用した精米歩合45%の大吟醸は、特上米を使用した55%の吟醸酒より必ずうまいとは言い切れないのである。

とここまでは、少しだけ突っ込んだ話。もっと突っ込んだ話をすれば、たとえ特上米を使用してぜいたくに削った大吟醸酒であっても蔵元によっては米の無駄遣いとしか思えないような酒質のものがあるのがこの世界の不思議なところです。結局、良い杜氏が良い米を使用して良い設備、良いスタフで酒を造ってこそ米の良さ、磨きの高さが生きるのであって、あまり程度のよろしくない造り手が原料を無駄遣いしている例は枚挙に暇がない。

未納税移出入

(みのうぜいいしゅつにゅう)脱税ではない。税金が掛からない酒の蔵外へ(から)の移動をいう。要するにその昔良く槍玉に挙げられていた桶売り、桶買いを専門用語で格好良く表現したもの。酒税の課税の原則は、蔵から出入りした時点で行うが、他の蔵から購入した清酒にも同じ税率で課税すると大変なことになるため、この場合は免除されているのである。



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